私のクラシック音楽への足跡~その1

 ここでは、他の項目では取り上げなかった、私のクラシック音楽を聴いて来た経験を、記憶に任せて記録したものです。

(1)ドヴォルザークの最初の想い出

子供のころ、家の近くに広い原っぱがあった。その原っぱの左方に小学校があり、右方には中学校があり、学校に通う環境には恵まれていた。
で、学校の話ではなく、小学生の頃はその原っぱで毎日、友達と野球やサッカーなどをして遊んでいた。
 ある時、夕方の時間になると何処からか、うっとりとするメロディーが聴こえてくることに気が付いた。ラジオ放送の音楽だと思う。
遊びながらも、度々耳を澄まして聴いていた。もちろん、当時はその曲名は分からず、ずっと後になってから次の2曲だと知った。

(1) ドヴォルザーク作曲の「ユーモレスク」
(2) ルロイ・アンダーソン作曲「トランペット吹きの子守歌」

今でもこの2曲を聴くと、まだ悩みなどなかった良き時代を思い出し、心が和みます。
思い出してみると、目の前で演奏を聴いたのではなく、何処か遠くから聴こえてきたというシチュエーションがあって、今ではノスタルジーを強く感じます。

「ユーモレスク」は、ヴァイオリンかオーケストラかどちらの編曲のものが聴こえてきたのかは覚えていないが、原曲のピアノ演奏でないことははっきりしている。

ついでながら、この曲はヴァイオリン(クライスラーの編曲)で演奏されることが多いのですが、色んな弦楽器、管楽器、オーケストラ、歌曲など実に多くの編曲版で
演奏されており、曲が良いのでどれを聴いても楽しく、なつかしく、素晴らしいです。

私は、もちろんどちらも大好きです。ヴァイオリンでは、ハイフェッツ編曲のものもあることをYouTubeで知りました。編曲がより技巧的になっている。
原曲のピアノ演奏の方も良く聴いている。リズムの面白さやこの曲の微妙なニュアンスが伝わってきて、ドヴォルザークがピアノで作曲した意図がよく分かります。

クラシック音楽を聴くようになるのは、この経験から十年ほど経ってからのことです。

 

(2)クラシック音楽との出会い

① クラシック音楽への入門として、有名な小品曲を中心に聴き始めた。当時(昭和35年頃)は、廉価に入手できるソノシート(雑誌等に添付された薄いフィルムレコー
  ド)が流行し、これで楽曲を覚えて行った。ソノシートは、LPレコードの価格が下がるまで、数年間続いた。
     
      ・ヘンデル:調子のよい鍛冶屋
      ・シューマン:トロイメライ
      ・ベートーヴェン・交響曲第5番(運命)
      ・チャイコフスキー:花のワルツ
      ・ヨハン・シュトラウス二世:ウインナ・ワルツ集
      ・他、小品多数

 

②最初の頃、購入したレコード(LPレコード盤)

 初心者の段階で本格的大曲にアタックした。
 何回も聴いている内に段々と曲を覚えるようになった。結果的に何でも聴けると思うようになり、新しい曲にチャレンジしていった。

       ・ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
       ・ベートーヴェン:交響曲第5番(運命)
       ・シューベルト:交響曲第8番(未完成)
       ・ブラームス:交響曲第1番
       ・シベリウス:交響曲5番
       ・モーツァルト:交響曲第40番、41番
       ・チャイコフスキー:バレエ曲「白鳥の湖」
       ・マーラー:交響曲第1番
       ・ブルックナー:交響曲第7番
       ・その他

 

③ 好みの指揮者が演奏するレコードを購入するうちに、作曲家や楽曲のレパートリーが広がっていった。

 (1) イシュトヴァン・ケルテスの指揮

   ・ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏のドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」に感動し、
    ドヴォルザーク交響曲全集(9曲)を購入することになった(これは、ロンドン交響楽団によるもの)。
   ・この結果、ケルテスのファンとなり、得意とする作曲家コダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」なども聴くようになった。

   ・さらに、ケルテスの指揮するモーツァルト、シューベルト、ブラームスの交響曲もよく聴いた。<関連記事あり~準備中>>

 

 (2) エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団(アンセルメによって創設された)

   ・バレエ曲「白鳥の湖」に感激し、チャイコフスキーの他のバレエ曲「眠りの森の美女」と「くるみ割り人形」も聴いた。
   アンセルメは数学者出身であり、正確なリズム処理に定評があり、“バレエの神様”と言われた。
    その流れでストラヴィンスキー「火の鳥」、ドリーブ「コッペリア」、ファリャ「三角帽子」などのバレエ音楽も良く聴いた。
   ・また、“おもちゃ箱をひっくり返したような楽しさ”と評された序曲集のレコードで、フランスの作曲家オッフェンバック、ラロ、オーベール、
    エロールなどの珍しい曲を知った。

   ・アンセルメはスイス・ロマンド管弦楽団(世界的な楽団に育てた)との演奏で、フランスと、お隣のスペイン及びロシアの音楽を得意としていたが、
    ベートーヴェン、ブラームスなどドイツ系の交響曲も“きびきび”とした演奏で魅力あるものだった。
   ・「スイス・ロマンド」とは、「フランス語(ロマンス語)圏のスイス」の意味とのこと。


 (3) ヘルベルト・フォン・カラヤン

   ・カラヤンは、昔から最も人気があった指揮者で、最初に購入したレコードは、シベリウスの交響曲第5番(モノラル盤)とブラームスの交響曲第1番
    だった。馴染みがなかったシベリウスも、何度か聴く内にこの名曲が好きになった。
   ・また、カラヤンが得意とするリヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲や、世界初レコードで有名になったホルスト作曲の「惑星」などを覚えた。
   ・カラヤンは、後に「ベートーヴェン交響曲全集」などの定番曲も集めたが、それほど積極的にはレコードを購入してこなかった

   ・カラヤンの演奏は、評論家が「推薦」するものが多い。大人気のカラヤンだが、大衆迎合のコマーシャリズムが目に余るなどの理由で
    アンチ・カラヤンも多い。もっとも、大衆に人気があるということだけで、安っぽい・商業主義といった烙印を押すアカデミズムの先生方は
    どこにでも居る。

   ・私なんかは単純なので、カラヤンが「スケーターズ・ワルツ」のように、ただメロディーをトレースして行くだけでも済む(楽しめる)ような小品を
    演奏する時でも、大曲を演奏するが如く、手抜きしない(ように思える)指揮振りを見ているとつい感動してしまう。
     ただ、カラヤンが演奏するものは何でも良いとは思っていない。


 (4)ゲオルグ・ショルティ

   ・ショルティは、力強い指揮をすることで人気があった。
  ・現代のようにまだマーラーブームが起こる以前に「マーラー交響曲全集(交響曲第1番~第9番)及び(大地のうた)」が発売された。
  ・何しろ1曲の演奏時間が約1時間半を要するため、レコードは確か16枚組のケース入りだった。これもいち早く購入したのも、最初に聴いた交響曲
   第1番が親しみやすいメロディーと華やかな音楽で感銘を受けたことによる。

  ・この全集は、対抗馬がいないこともあったが演奏の評価は良かった。
    演奏は、シカゴ交響楽団及び、ロンドン交響楽団(1,2,3,9番)、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(4番)で構成されており、
    後に、全曲がシカゴ交響楽団の演奏で全集を製作している。

 以上、代表して4人の指揮者を挙げたが、この指揮者を好んで聴いたのは、他に大きな理由があった。下記④による。


④当初は、英デッカ社の録音で【ロンドン】レーベル(国内キングレコード社から発売)のレコードを中心に購入した。

  【ロンドン】レーベルのレコードは、録音が優秀(ffss録音)だったことから、暫くは英デッカ【ロンドン】のレコードを中心に購入することにした
 前記、ケルテス指揮の「新世界より」、アンセルメ指揮の「三角帽子」は、特に録音が優秀で、話題になった。

  ・上記4人は、【ロンドン】の専属指揮者なので、この指揮者たちが演奏する作品によって新しく知った作曲家及び作品を増やしていった。
  ・カラヤンは、ウィーン・フィルとの演奏のみ【ロンドン】のレーベルで提供されているが、メインは、ベルリン・フィル(常任指揮者)なので、
   多くは「ドイツグラモフォン」のレーベルで発売されている。当初、カラヤンのレコードの所有が少ないのは、この理由による。

  ・その後、作品のレパートリーの関係や、多くの優秀な若手指揮者の台頭もあり、特に【ロンドン】に拘らず聴くようになった。
   各社から廉価なレコードが発売されたことも、色んな演奏を聴くきっかけとなった。

  ・なお、現在は、「英デッカ」、「グラモフォン」共々「ユニヴァーサル・ミュージック」社からレコードが発売されている。

英デッカは、1941年頃に開発した高音質録音ffrrの技術を用いて、1945年には高音質SPを、1949年には高音質LPを発表した。その高音質の素晴らしさはあっという間に、オーディオ
マニアや音楽愛好家を虜にしてしまった。その後、1950年頃から、欧米ではテープによるステレオ録音熱が高まり、英デッカはLP・EPにて一本溝のステレオレコードを制作、発売す
るプロジェクトを1952年頃から立ち上げ、1953年にはディスクカッターを使った同社初のステレオ実験録音を、1954年にはテープによるステレオの実用化試験録音を開始。1958年
7月に、同社初のステレオレコードを発売。その際に、高音質ステレオ録音レコードのネーミングとしてこのffssが使われた。以来、数多くの優秀なステレオ録音のレコードを発売し、
「ステレオはロンドン」というイメージを決定づけた。<(Wikipedia)より>